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海外語学留学の設計

投融資に使った部分が研究開発投資であり、生産・販売増強のための投資や融資なのです。 つまり、この一0年間、設備投資はキャッシュフローでやって、投融資の四五OO億円はエクイティファイナンスで借りまくったということです。
いまでこそ、うちの規模からすれば四五OO億円というのは小さく見えるでしょうが、当時にすれば莫大な金額でした」キヤノンにおける研究開発費が設備投資額をはじめて上回るのは八六年(昭和六一年)でどの投融資のうち、研究開発投資以外は主に販売会社への投資、それから生産投資をやったわけです。 とくに八九年(平成元年)以降は電卓事業など、先進国ではやりにくくなった事業をマレーシア、タイ、中国といった東南アジアに移管しはじめていますが、その生産拠点をつくるのに三OO億円ぐらい使いました。
以上が大ざっぱな当社の財務戦略、投融資政策の流れです」(M手洗富士夫)ここまでの・キヤノンの財務戦略、は複写機が大黒柱だった。 八五年(昭和六O年)〜八六年(昭和六一年)に円高で利益が落ちたときに助けてくれたのがレーザービームプリンタでした。
そのレーザービ−ムプリンタにやや陰りが見えてきた九0年代になって出てきたのがバブルジェットプリンタです。 これらはすべて当社の研究開発の成果であり、それを下支えしたのがエクイティファイナンスなのです。
M手洗富士夫副社長はこう語ったあとで、今後の問題点については口元を引き締めた。 バランスシートを悪化させる結果になった。

当然ですよね。 で、これからはバランスシートを改善していかなければならない、というのが財務担当である私の使命です。
投融資政策は、打つ手がズパリズパリとことごとく当たってきた。 必要不可欠だったとはいえ、どんどん転換社債を発行したおかげで、現在は、自己資本比率は下がっているし、借入金比率も高い。
トヨタや松下に比べると、彼らは十数パーセントの借入金比率ですが、当社は三十数パーセントに達しています。 これを今後はなんとか改善していきたい」キヤノンが成長するためには、なんとしても必要な資金だったが、ここへきてそのツケが回ってきたというわけである。
ワラントが行使されると九億七OOO万株になります。 きっと一O億株です。
そうすると一株あたり一二円五O銭の配当ですから、単純計算で配当負担が一二五億円になってしまいます。 これは現在の当社の企業スケールから見て、やや負担が大きいと見ています。
(M手洗富士夫)要するに莫大な潜在株式の存在は、長期にわたってキヤノンの株式の需給関係をアンバランスにし、一株あたりの利益を大きくマイナスさせることになる。 当社の現在の売り上げ構成比は八五パーセントが事務機という具合に、時代の変化に乗り遅れなかった。
だから少々金利が高くても十分に吸収できるし、長い目で見れば、返して終わりという借金のほうがいいと考えているのです。 (M手洗富士夫)キヤノンの場合、同じ財務戦略といっても、トヨタや松下のような余資の運用まではとうてい手が回らないのが現状である。
いわば自転車操業といっても過言ではないのだ。 を改め、全社的に『借金は自力で稼いで返し、無借金経営を目指す』という方向に体質改善を図っていくことだと私は思う。

新社長にもそう進言するつもりです。 (M手洗富士夫)バブルがはじけて、キヤノンの財務戦略にも変化のきざしがうかがえる。
つまり、付加価値の高い商品にシフトしていったわけです。 ピクセルジェットC.J 1992年に発売された世界最小、最軽量のフルカラー複写機。
パブルジェット技術により、400dpi、各色256階調の高昂位コピーが可能になった。 さらに80万円という低価格で他社の追随を許さない。
パーソナルの需要をとらえたバブルジェットプリンタかせるテクノロジーが、バブルジェット技術である。 これももともとは製品研究課から生まれたものといっていい。
東工大の理工学部化学工学科を卒業したE一郎がキヤノンに入社するのは一九六四年なのだが、その話に入る前にちょっとだけ私の「道草」につき合ってもらいたい。 私は九二年の春と夏、高校野球取材のためにそれぞれ約二週間、甲子園球場のネット裏にある記者席につめていた。
野球好きの私にとっては実に幸福な毎目だったが、その一方で「報道の現場」で目にした光景には、まさに「隔世の感」を禁じえなかった。 各社の記者はほとんど例外なく携帯用のノートブック型ワープロを持ち込み、試合を観戦しながらキ−を叩いて送稿していたからだ。
記者の持ち込んだワープロは、編集部に設置してあるワープロと電話回線で結ばれ、現場で書かれた記事はリアルタイムでデスクのもとに届くシステムである。 私とてこれまで「流行」にまったく鈍感だったわけではない。
原稿執筆にワープロを使いはじめたのは八三年(昭和五八年)からだから、フリーの物書きとしては早いほうだったと思う。 当時はワープロも出はじめの頃で、私が購入したのは、プリンタと合わせてたしか一三いまなら同じ程度の機能のものが五分の一から六分の一の値段で買えるだろう。
重きもかなりあって携帯は不可。 だから甲子園にはもっていくこともできず、手書きになってしまったのである。

にもかかわらず、一O年近くも使ってきたのは、「できるだけ長く使って元をとろう」というさもしい発想からだった。 私はいまこの原稿をキヤノンのラップトップ型のワープロで書いている。
甲子園での「苦い経験」から、親しい編集者の勧めもあって買い替えたのである。 というわけで、要するに言いたかったのは、近年、パソコンやワープロの個人ユ−ス、パーソナル化が驚くほど急速に進んでいるということだ。
甲子園の記者席でそれを促したのは、言うまでもなく簡便で低価格のノートブック型、あるいはラップトップ型のパソコンやワープロの出現である。 それらが普及するにつれ、今度は簡便で低価格のパーソナルなプリンタが求められるようになってきた。
そうした需要をみごとにとらえたのが、キヤノンのバブルジェットプリンタ「BJ10十月に発売されるやベストヒット商品となった。 秒五六文字の高速印字、一行を印字するスピードとしては熱転写方式をはるかに上回っており、競合する同クラスのワイヤドット式プリンタと比べても遜色がない。
また文字も四八×四八ドットで印字品位の高きもこのクラスでは比類のないものだった。 さらに大ききも、三一0ミリ×二一六・五ミリ×四七・五ミリの薄型で、重き一・八キロのコンパクトサイズ。
ノートブック型パソコンやワープロなどにはぴったりの「軽薄短小」に仕上がっている。 そのほかの長所としては、ランニングコストが熱転写プリンタをはるかに下回ること。
普通紙に印字できること。 ワイヤドットプリンタとは比較にならないほど静かなこと。
それでいて七万四八OO円という低価格。 売れて当然の商品だったといえるのである。
おうおうにして日本企業には「ものまね技術」はあっても、オリジナル技術はないと評される。 だが、キヤノンの「バブルジェット」技術に限ってはその批判は当たらない。
バブルジェット印字方式は、旧来からあったインクジェット方式のひとつとはいえ、インクジェット方式が抱えていたさまざまな欠陥をみごとに克服した技術である。 その意味ではまったく新しいキヤノン独自のオリジナル技術だといっていい。


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